男性更年期のテストステロン補充療法(TRT)
「男性ホルモンを足せば若返る」は半分正しい。性欲と気分には効き、疲れには効かず、心臓には中立で、骨には不利に出た。この4つを分けて聞くのが、この治療の正しい受け方です。
男性更年期(LOH症候群)に対し、テストステロンを注射やクリームで補う治療です。日本泌尿器科学会と日本メンズヘルス医学会の「診療の手引き」(2022年)は、診断基準を総テストステロン250ng/dL以下またはフリーテストステロン7.5pg/mL以下とし、「LOH症候群は本邦でも保険収載されていない」と書いています。5,246人の無作為化試験(TRAVERSE)では心血管イベントはプラセボと同等(7.0% vs 7.3%)でしたが、心房細動・急性腎障害・肺塞栓が多く、骨折は3.50% vs 2.46%(1.43倍)でした。65歳以上790人の試験では性活動が改善し、活力は改善しませんでした。注射薬の薬価は250mgで1,295円、自費の表示価格は3,300〜4,500円です。
① 国内で承認されている使い方
テストステロン製剤(エナルモンデポー=テストステロンエナント酸エステル筋注、あすか製薬)は「男子性腺機能不全(類宦官症)」などの効能で承認された保険薬です。LOH症候群(加齢に伴う男性更年期)は保険病名として収載されておらず、診断が男子性腺機能不全に当たれば保険で、当たらなければ自費で注射する運用が併存しています。市販のテストステロン軟膏(第1類医薬品)もあります。海外のジェル製剤(アンドロゲル等)は国内未承認で個人輸入です。
② 臨床試験で確かめられていること
性欲・性活動: 一貫して改善します。勃起機能は試験により差が出たり出なかったりです。
気分・エネルギー: 軽度の改善。うつ病の治療にはなりません。
疲労・活力・身体機能: 65歳以上の試験で改善せず。「元気になる」という期待には根拠が弱い。
心血管: 短中期(1〜3年)で心血管イベントは増えませんでした。ただし心房細動・肺塞栓は増え、冠動脈の非石灰化プラークが増えた小規模試験(170人)があります。骨密度は上がるのに骨折が増えた矛盾は未解決です。
- 誰に
- 45〜80歳、テストステロン300ng/dL未満(2回測定)、性腺機能低下症状があり、心血管疾患またはその高リスクの男性5,246人
- 何を
- テストステロン1.62%ジェル(目標350〜750ng/dL)を毎日、平均21.7か月
- 何と比べて
- プラセボジェル
- どうなった
- 心血管死・非致死性心筋梗塞・脳卒中の複合: 7.0%(182/2,591) vs 7.3%(190/2,613)、HR 0.96(95%CI 0.78〜1.17)、非劣性。心房細動・急性腎障害・肺塞栓はテストステロン群で多い
- 誰に
- TRAVERSE参加者5,204人(性欲低下の解析は1,161人)
- 何を
- テストステロンジェル
- 何と比べて
- プラセボ
- どうなった
- 臨床骨折: 3.50%(91/2,601) vs 2.46%(64/2,603)、HR 1.43(1.04〜1.97)。高悪性度前立腺癌: 0.19% vs 0.12%(HR 1.62、0.39〜6.77、有意差なし)。抑うつ症状: 気分とエネルギーは「小さいが有意な改善」、認知・睡眠は差なし。性活動: 6か月で1日あたり+0.49回分(p=0.011)、勃起機能は差なし
- 誰に
- 65歳以上、テストステロン275ng/dL未満、症状のある男性790人
- 何を
- テストステロンジェル(19〜40歳の正常中央値を目標)、12か月
- 何と比べて
- プラセボ
- どうなった
- 性活動は有意に増加(p<0.001)、勃起機能も改善。6分間歩行の改善は3試験合算で20.5% vs 12.6%(p=0.003)だが身体機能試験単独では差なし。活力・疲労は改善せず。気分は軽度改善。有害事象は同等
- 誰に
- 35の無作為化試験・5,601人(個別データ17試験・3,431人)
- 何を
- テストステロン補充
- 何と比べて
- プラセボ
- どうなった
- 心血管・脳血管イベント: 7.5%(120/1,601) vs 7.2%(110/1,519)、OR 1.07(0.81〜1.42、p=0.62)。性機能とQOLは「ほぼすべての部分集団で改善」。「短中期での関連は支持されない」
- 誰に
- LOH症候群が疑われる男性
- 何を
- テストステロン補充療法(エナント酸エステル125〜250mgを2〜4週ごと筋注、軟膏など)
- 何と比べて
- —
- どうなった
- 診断基準: 総テストステロン250ng/dL以下またはフリー7.5pg/mL。保険収載なし。禁忌: 前立腺癌・男性乳癌。注意: うっ血性心不全・多血症・前立腺肥大・骨転移・抗凝血剤。開始1年以内は慎重、多血症の定期採血、挙児希望の確認。前立腺癌リスク増加のエビデンスなし。投与4〜7日後のフリーテストステロン測定を推奨
※ 別々の試験の数値を並べています。試験ごとに対象者・期間・条件が異なるため、本来、数値同士を直接比べることはできません。それを承知のうえで、目安として並べています。
③ まだ答えの出ていないこと
- 3年を超える長期の安全性(心血管・前立腺・骨折)。大規模試験の追跡は1〜3年です。
- 骨密度が上がるのに骨折が増えた理由(活動量の増加による転倒か、別の機序か)。
- テストステロンが基準値以上の「有症状」の人への効果。手引きは可能性に触れていますが、試験の対象は低値の人だけです。
- 日本人での大規模試験。手引きの根拠の多くは欧米のデータです。
④ 副作用 ── 起こりやすい人・起こる時期・備え
添付文書と臨床試験の報告に基づきます。頻度や重さはあなたの条件で変わります。ここに無い症状が出たときも、処方元に連絡してください。
- 起こりやすい人
- 誰にでも(筋注)。
- 起こる時期
- 注射当日〜数日。
- 備え
- 同一部位への反復注射を避けるよう添付文書が指示。
- 起こりやすい人
- 注射製剤で特に、喫煙者、睡眠時無呼吸のある人。
- 起こる時期
- 数か月〜。
- 備え
- 定期採血でヘマトクリットを確認(欧米の指針は48〜54%超で中止)。TRAVERSEで肺塞栓が増加。片脚の腫れ・息切れは救急。
- 起こりやすい人
- 受けたすべての人。大量・長期で顕著。
- 起こる時期
- 数か月〜。
- 備え
- 挙児希望があるなら受けない。中止後の回復には時間がかかります。
- 起こりやすい人
- 前立腺肥大のある人、高齢者。
- 起こる時期
- 数か月〜。
- 備え
- 定期的な前立腺検査(PSA・直腸診)が添付文書の要件。前立腺癌(疑い)は禁忌。
- 起こりやすい人
- 心疾患・腎疾患のある人(体液貯留)。
- 起こる時期
- 数週間〜。
- 備え
- TRAVERSEで心房細動・急性腎障害が増加。動悸・むくみは受診。
- 起こりやすい人
- 高齢者。
- 起こる時期
- 年単位。
- 備え
- TRAVERSEで1.43倍。骨密度は上がるのに骨折が増えた理由は未解決。
- 起こりやすい人
- 誰にでも。
- 起こる時期
- 数週間〜。
- 備え
- 添付文書に記載。用量調整で対応。
- 起こりやすい人
- 受けたすべての人。
- 起こる時期
- 中止後数週間〜数か月。
- 備え
- 自前の産生が抑えられているため、一時的に開始前より低くなることがあります。
⑤ やめるとき
効果は投与中だけ持続します。手引きに終了の目安はなく、欧米の指針は「十分な治療でも改善がなければ中止」で一致しています。
いつでもやめられます。ただし自前の産生が抑えられているため、中止後数週間〜数か月は開始前より低くなり、症状が一時的に強く出ることがあります。医師と減量計画を。
症状は戻ります。精子の産生は回復に数か月〜年単位かかることがあります。
注射ごとの支払い。まとめ買いは、検査(ヘマトクリット・PSA)を飛ばす誘因になるので避けたほうが安全です。
⑥ 価格
A施設は250mg 3,300円(2023年8月改定)。B施設は250mg 3,300円、3〜6か月ごとの血液検査が必要と記載。C施設は250mg 4,400円(オンライン)・4,500円(来院)、125mg 3,200円、初診5,500円・再診3,300円、他の製剤3,080〜4,200円。2〜4週ごとの注射で年額は4〜12万円に診察・検査料が加わります。薬価との差は2.5〜3.5倍で、手技・診察・利益にあたります。3施設の確認で、相場ではありません。
薬価のある薬なので、表示価格−薬価が「手技・診察・利益」です。保険で受けられる場合(男子性腺機能不全の診断)は3割負担で数百円台の薬剤費になり、自費との差が大きい治療です。ただし保険か自費かは診断と施設の運用によるため、まず聞いてください。検査(PSA・採血)の費用を含めた年額で考えてください。観測日2026-09-05、施設名は扱いません。
⑦ 診察で聞くこと
そのまま読み上げられる形にしています。答えをはぐらかされた質問は、それ自体が判断の材料になります。
- 私のテストステロン値(総・フリー)はいくつで、手引きの基準(250ng/dL・7.5pg/mL)に当てはまりますか。朝の採血ですか。
- 私の症状(性欲・気分・疲れ)のうち、試験で改善が示されているのはどれで、示されていないのはどれですか。
- 前立腺(PSA・直腸診)とヘマトクリットの検査を、開始前と何か月ごとに行いますか。挙児希望について確認されましたか。
- この注射は保険で受けられる場合がありますか(男子性腺機能不全の診断)。自費の場合、薬価1,295円の薬の1回価格に何が含まれますか。
- 6か月で効果がなければやめる、という基準を共有できますか。
関連する読みもの
出典
最終確認日 2026-09-05/内容をあらためたときは訂正の記録に残します。
- 日本泌尿器科学会・日本メンズヘルス医学会「LOH症候群(加齢男性・性腺機能低下症)診療の手引き」2022年12月(PDF、142ページ)改訂のポイント(診断基準250ng/dL・7.5pg/mL、TRTは値にこだわらない、保険収載なし)、禁忌・注意、副作用の要旨(1年以内慎重、多血症、造精機能障害、前立腺癌リスクのエビデンスなし)、本邦の薬剤(エナント酸125〜250mg 2〜4週、一類医薬品軟膏)、欧米指針の比較(6か月で改善なければ中止、Hct 48〜54%)。日本泌尿器科学会サイトのPDF原文を確認
- エナルモンデポー筋注125mg/250mg 添付文書(KEGG MEDICUS収載版で確認)効能(男子性腺機能不全ほか)、用法(100mgを7〜10日ごと/250mgを2〜4週ごと)、薬価712円・1,295円、禁忌(前立腺癌・妊婦)、8.1 定期的な前立腺検査、9.1 前立腺肥大・心疾患・骨転移、11.2 陰茎肥大・持続性勃起・精巣萎縮・精子減少、多幸症状、脱毛、注射部位疼痛
- Lincoff AM, et al. N Engl J Med. 2023;389(2):107-117(TRAVERSE)5,246人。MACE 7.0% vs 7.3%、HR 0.96。心房細動・急性腎障害・肺塞栓の増加。PubMed抄録で確認
- Snyder PJ, et al. N Engl J Med. 2024;390(3):203-211/Bhasin S, et al. JAMA Netw Open. 2023;6(12):e2348692/Bhasin S, et al. J Clin Endocrinol Metab. 2024;109(7):1814-1826/Pencina KM, et al. J Clin Endocrinol Metab. 2024;109(2):569-580TRAVERSE副次解析: 骨折HR 1.43、前立腺癌差なし、気分は小さな改善、性活動+0.49回/日・勃起は差なし。PubMed抄録で確認
- Snyder PJ, et al. N Engl J Med. 2016;374(7):611-624(Testosterone Trials)65歳以上790人。性活動改善、活力は改善せず、気分は軽度改善。PubMed抄録で確認
- Cruickshank M, et al. Health Technol Assess. 2024;28(43):1-21035試験の個別データメタ解析。心血管イベントOR 1.07、性機能・QOL改善。PubMed抄録で確認
- Budoff MJ, et al. JAMA. 2017;317(7):708-716170人。テストステロンで冠動脈の非石灰化プラークが増加(差41mm³)。PubMed抄録で確認
- 複数のクリニック公開ページ(2026-09-05確認、3施設)250mg 3,300円(2施設)、4,400〜4,500円+初診5,500円・再診3,300円、125mg 3,200円、3〜6か月ごとの血液検査の記載。施設名は扱いません